宮沢喜一先生を偲ぶ

今日(6/28)は広島が生んだ偉大な政治家、そして私が尊敬してやまなかった、故宮沢喜一先生のご命日です。

2007年の今日、まさに激動の参議院選挙を控えたこの時、先生は永眠されました。
2007年といえば自民党が大敗をした選挙であり、私は国家公安委員長、防災担当大臣として、その渦中にいました。
宮沢先生の訃報を聞き、激流の中にあって、時が止まったかのような錯覚に陥ったあの瞬間は、今もはっきりと覚えています。


宮沢喜一先生なくして、今の溝手顕正はありません。
当時三原市長として全力疾走していた私に、故藤田雄山先生のあとの参院補欠選挙の声がかかったのです。あれが、参議院議員・溝手顕正の始まりでした。

戦後政治を語る時、ドラマや映画もそうですが、まだ政治家になる前の若かりし喜一先生の名前は必ず登場します。それだけとても優秀な方だったのです。
その後は日本のみならず、世界的にも名だたる政治家として君臨されました。
また、歴史ある派閥わが宏池会の第5代会長として率いてくださいました。現在岸田文雄先生が宏池会の会長を務められています。
宏池会の会長として、日本のリーダーの一人としてご活躍されている岸田文雄先生を目を細めながら見守ってくださっていることでしょう。

そして、参議院選挙を目前にした今。
私は、12年前とは違う、宏池会の威信をもかけた、大きな激流に立ち向かっています。
「溝手君、君なら大丈夫だ、志高く皆さんに訴えなさい」と励ましてくださっているような気がします。

偉大な先輩にして、敬愛する恩師、宮沢喜一先生。
先生が教えてくださった数多くの事を心に刻み、今日も誠実に訴えて参ります。

※宮澤喜一先生の名言迷言を集めた「宮澤喜一bot」というツイッターがあります。ご参考に。